世界の名著4を読んだ感想|老子、荘子

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はじめに

どうも、MASSANです。

 

今回は「世界の名著4」を読んだ感想を書き綴っていく。

4巻には道教に関する教典が収録されている。

中国三大宗教の1つに数えられる道教の思想に触れてみたい方は、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。

では、さっそく本題に移ろう。

老子を読んだ感想

この項に収録されている教典は以下の通り。

 

・老子

 

本書は、道教の始祖とされている老子の教典からスタートする。

と言っても、『老子』自体は全文5000字と文字数が極端に少なく、占めるページ数も少ない。

思想も体系的にまとめられているとは言いづらく、具体性を欠く印象があった。

さらにそもそも老子という人物が実在していたのかどうかすら判明していないことから、「この教えすら幻なんじゃないか」と疑ってしまうほど、全体的に不明瞭な部分が多かった。

 

にも関わらず、『老子』には不思議な魅力があることもまた事実。

いつ倒されたのか気づかない、まるで合気道のような達人の域に達した凄みみたいなものを随所で感じさせる。

 

・為す無きを為し、事とする無きを事とし、味わい無きを味わう

 

この1節なんてまさにその極致と言っていいだろう。

 

戦国時代にあって、「戦わずして勝つ」という方向性の思想が発展するのは自然と言えば自然だ。

その最たる例は孫子だと思うが、老子の場合はさらに特殊である。

自身が隠遁の身であったり、「無為自然(自然のままに生きる)」を思想の中心に据えたり、国家は最小単位まで小さくすべきと考えていたり

老子は争いに限らず、生に対しても明らかに消極的な所があって、この辺は仏教に通じる部分があるように感じる。

そして、それが当時の中国の時代感と相まって独特の美学が形成されているように私の目には映った。

 

 

合気道のような気負いのなさ、生きることに対する脱力感みたいなところが道教の特徴であり、最大の魅力と言えるのかもしれない。

そして、そのユルさは現代のようなストレス社会においてこそ、ある種の避難場所として最大の役割を果たすのではないかと思った次第である。

荘子を読んだ感想

この項に収録されている教典は以下の通り。

 

・荘子

 

老荘思想というように、道教は老子と荘子の2人の思想が中心になって形作られている。

が、荘子は老子と似通っている部分はあるものの、思想が完全に一致しているというわけでも、老子の思想体系を発展させるような役割を担っているわけでもなく、独立して存在しているような印象を受けた。

この辺は孔孟の関係性とはまた違う。

 

そんな荘子の特徴はというと、自由で宗教的。

中国は宗教より政治を重んじるということは儒教から老子まで一貫していることだが、荘子に限ってはその政治の話題がほとんど出てこない。

その代わり、個人としての在り方や精神性の話がほとんどを占めており、宗教色が極めて強い。

老子でさえ政治の話を持ち出すのに、その思想を引き継いでいる荘子が政治にほぼ無関心で、純粋に自由に生きることだけを追求している。

その何者にも縛られていない感じが異色の存在感を放っていると同時に、よほどの自由人なんだろうなという感じがして個人的には強く惹かれてしまった。

 

 

中でもこの言葉は痺れた(正確には荘子の言葉ではないが)。

 

老子からは謎めいたミステリアスさを、荘子からは伸び伸びとした自由闊達さをそれぞれ感じ、ますます道教に心酔させられてしまった気がする。

まとめ

というわけで、これにて中国哲学編は一旦終了となる。

儒教と道教。

抱いた印象こそ違うものの、自分自身の価値観をより明確にするという意味ではどちらも学んできて良かったなと思う。

次はいよいよ古代ギリシャ編。

どんな発見が待っているのか非常に楽しみ。

5巻に続く。